ゲームしている人のブログ

デジタルゲームとその研究に関することを書いていきます

2016-09-22

こんばんは、大学図書館の薄ら寒さに秋の訪れを感じたKです。
部屋にこもってコーヒー紅茶をバカスカ飲む季節になりましたね。え、違う?

今日はなんか色々お店閉まってるし図書館閉まるの早いなーと思った秋分の日でした。
大学の授業がそろそろ始まるので、曜日感覚を取り戻したいところですね。

さて、2016/09/21に行われた勉強会の帰り、大学院の先輩に面白い質問をいただきました。
ゲームと遊びはどう違うのか」という質問です。   その2つの違いについて、正直自分の中では「ルールの有無では?」と、ある程度自明視していました。
口頭で聞かれたときもそんな感じで答えたと思うのですが、2章のp.41とかを読みなおすと、そもそも言語によって違うらしいので、一概には言えなさそうです。
該当の箇所はこちら↓。

「遊び」は、たいていの場合、縛りのない自由な活動を指す。それに対して、「ゲーム」はルールにもとづいた活動を指す。問題は、この区別がまさに当の使用言語に依存しているという点にある。フランス語の「jeu」、スペイン語の「juego」、ドイツ語の「Spiel」などは、いずれも遊びとゲームの両方を意味する。そのおかげで、多くの論者は遊びとゲームを区別しないまま議論している。 (『ハーフリアル』邦訳版 p.41より。太文字引用者)

 pdfで全文検索したところ(pdf販売バンザイ)、更に後ろの箇所でも言及があるっぽいので、この問いについてはまず『ハーフリアル』を読んでから、それを元に考えてみたいと思います。
 この宿題について、「『ハーフリアル』邦訳版に書かれていることだけで質問に答えろ」っていうとゲームっぽくていいですね(うかつな発言)。

今日の更新

use-k.hateblo.jp

勉強会で牧野氏の文献読んだ際の、研究の方法論的疑問を聞いてきましたよ、という話です。
内容の方については全く触れてないので、そこはご容赦ください。


 

 冒頭の「ゲームと遊びの違い」について、参加する側からすれば、「ゲーム」はルールが意識に上ってくる活動だけど、「遊び」はルールが意識されない活動である、と直感的に思ったり。
 多分社会学的な定義の手続き(方法論の名前忘れた)をした方がいいんだろうなー
 どのレベルで区切って問題に答えた方がいいかも、気にした方が良さげですね。

 それではまた次の機会に。